ドクターからの説明1.軟骨無形成症について 2.軟骨無形成症の延長について・柏木直也先生
 

■軟骨無形成症の延長について

滋賀県立小児保健医療センター
整形外科  柏木直也
理学療法士 田所愛理
作業療法士 東條美恵

1. はじめに

前回は延長適齢期(?)までの生活を中心にお話しました。今回はいよいよ延長術の具体的なお話です。

2. 骨延長術の目的

何を目的に延長するかは非常に重要なことです。「背が低いから、手術で高くする」・・・・・果たしてそれだけでしょうか?それも確かに目的の1つですが、もっともっと重要な目的があります。下腿、大腿、上腕で目的が異なりますのでそれぞれについて詳しくお話しましょう。

a. 下腿骨延長 下腿骨が短いと椅子に座ったときに地に足が着かずぶらぶらしてとても不安定です。このため座位姿勢が悪くなり疲れやすくなります。「地に足がつかない」という慣用句が昔からあるように、これは由々しき問題です。下腿骨を8-10cmくらい延長するとこの問題は解決します。もう一つ重要なことは軟骨無形成症では下腿骨のO脚変形(まれにX脚変形もある)が見られます。イリザロフ法による延長術では延長と同時に変形も三次元的に完璧に矯正することができます。変形の改善は歩容の改善と将来の膝への負担の予防にもつながります。

b. 大腿骨延長 人間が座位をとるときに支えになっているのは坐骨(お尻の骨)であることは言うまでもありませんが、それだけではありません。大腿部も重要な役割をしているのです。大腿骨が短いと椅子座位の時、椅子の縁にちょこんと乗っているだけで、深く腰掛けることが困難です。特に便器に腰掛けて用を達するのに困難な場合があるのではないでしょうか。このような場合、大腿骨を延長することで問題が解決します。また、下腿骨のみを延長した場合、正座の格好がおかしくなる、体育座り(三角座り)がしにくい、立ち上がり動作がしにくい、といったことをよく耳にします。これを解決するのも大腿骨延長の目的でしょう。

c. 上腕骨延長 軟骨無形成症は近位肢節短縮型小人症と言われています。近位肢節とは上肢では上腕、下肢では大腿がより短いということです。しかしながら実際は、下肢では大腿のみならず下腿も同程度に短いことが多いように思います。しかし、上肢の場合、個人差はありますが圧倒的に上腕が前腕に比較して短く、外観上もアンバランスな感じがする場合が多いようです。上腕骨の延長により整容上の改善は著明です。それだけでなく、上肢のリーチ不足は日常生活動作に直結することが多いので上腕骨の延長は最も日常生活動作の改善につながる手術だと思っています。前回少し述べましたが、上腕骨の延長術によって単にリーチが増えて届かなかったところに届くということのみならず、姿勢の保持や両手の協調動作の改善などにつながることも期待できます。上肢長の改善は脊椎への負担を軽減する効果もあります。また、下肢の延長術のみを行った患者さんで靴下やズボンがはきにくくなったりして、かえって日常生活動作が不自由になることがありますが、そのときにも上腕骨の延長で問題は解決します。

3. 骨延長術を行う時期

延長術を受けるのは誰でもない、患者さん自身です。本人の強い意志がなければいくら周囲がサポートしても限界があります。本人が延長に伴う痛みやつらいリハビリを理解して受け入れることが最も重要です。本人の意志がはっきりしない状態で周囲だけで決定した手術は、後で非常に苦労しますし、成績もよくないことが多いようです。本人が延長に対し強い意志を持っていることが延長術を受ける際の必要条件です。また、これは手術をする側の問題ですが、骨が短すぎると手術がやりにくく、合併症の危険が高くなるのであまりお薦めできません。これらの条件を考慮しますと、早くても8歳以降が延長至適年齢と考えています。 どの骨から延長するべきかについては決まったルールはありませんが、わたしたちは通常、下腿骨をまず延長します。その後は個人個人の身体状況や学業の都合などを総合的に考慮してお互いに相談しながら決定しています。大腿骨の延長を行い、上腕骨を最後に延長する場合もあるし、その逆もあります。また、大腿骨延長は必ずしも必要でない場合もあります。大腿骨延長中は車椅子を使うことが多くなるので、その前に上腕骨を延長していると車椅子操作がしやすくなるというメリットがあります。上腕骨の延長は入院期間の平均が最も短いので(2カ月くらい)、中学生までに下肢の延長を済ませておき、出席日数が問題になる高校生の時に入院期間の最も短い上腕骨延長をするという考えもあります。

4. 学校のこと

延長術を行う時期のこどもさんにとって重要なのは学校です。わたしたちのセンターでは隣接する守山養護学校(小学部・中学部)に転校していただいて治療しながら学業も継続していただくことができます。しかし、延長術は長い治療期間が必要です。約10カ月間は創外固定器が装着されています。長期入院は重要な時期のこどもさんの精神発達に必ずしも良い影響は及ぼしません。高校生であれば出席日数の問題も深刻です。3カ月からせいぜい6カ月以内の入院期間に留めて、固定器を装着した状態で退院・復学することを目指しています。これには学校側の協力が不可欠です。守山養護学校の先生方や主治医が協力して地元の学校との橋渡しをすることで、復学を果たしたこどもたちが徐々に増えてきているのはわたしたちにとってとても嬉しいことです。

5. 延長術の合併症

骨延長術は1年以内で骨の長さが10cm近く、場合によってはそれ以上長くなるというすばらしい方法です。しかも確実な手技と適切な後療法により術後の機能障害を限りなくゼロにすることができます。しかし、そのプラスの面ばかりに目を奪われて、マイナス面を十分に理解していないと、延長を始めてから「こんなはずではなかった・・・」というような失望感を味わうことにならないとも限りません。延長術は本人および御家族にとって非常に大変なことです。さまざまな難関が待ちかまえています。わたしたちは考えられる術中・術後の合併症をすべてお話し、納得していただいてから手術を受けていただくようにしています。幸い、大抵の合併症は早期発見・早期治療で何も問題を残すことなく乗り切ることができます。重要なことは問題が生じたときにいたずらにうろたえるのではなく、いかに乗り切るかを積極的に考えることです。これは医師側にも患者さん側にも言えることです。わたしたちが延長術を受ける患者さんに術前にお渡ししている資料を以下に御紹介します。一部難しい表現もあるかもしれませんので、診察時にお尋ねくださればどんな些細なことでもお答えいたします。術前に不安、疑問を完全に解決してから延長術に望めばきっと順調に乗り切ることができると信じます。

A. 手術に伴う一般的なリスク

1. 神経・筋・血管損傷

どのような手術を行う場合でも、手術中の操作により予期せぬ神経・筋・血管損傷を被る危険性があります。イリザロフ手術の場合はワイヤーやピンが予期せぬ損傷を起こす危険性があります。われわれが手術中に最も注意するのはこの点です。不幸にして損傷が起こった場合、速やかに適切な対応を行います。

2. 皮膚・筋肉・骨・関節の感染

どのような手術を行う場合でも、術後感染の可能性があります。私どもは手術直前、および手術後数回の抗生物質の投与を予防的に行っています。万一、術後感染がおこった場合、創内洗浄などの二次的な手術が必要になることがあります。 イリザロフ手術は従来の手術法に比べ術中感染はきわめて稀で私どもの施設では術中・術後の感染は経験していません 。

3. 筋肉のヘルニア、筋肉の拘縮

筋肉は筋膜という膜で覆われています。特に四肢の手術を行う場合、筋膜を切開して操作を行い、最後に切開した筋膜を縫合しますが、稀に筋膜の縫合部など弱い部分から筋肉が脱出してしまったり、手術中の筋肉の損傷により筋肉が硬くなってしまったりすることがあります。幸いイリザロフ手術は侵襲の少ない手術で、筋肉を大きく切開することはほとんどありませんので、このような合併症は全く経験していません。

B. イリザロフ手術で特に考慮すべきリスク

5. 神経損傷・神経麻痺

下腿の手術の場合、最も損傷を受けやすいのは腓骨神経です。腓骨神経が損傷されると足関節(足首)や足趾(足の指)の背屈が障害されます。下腿の手術で、一時的に腓骨神経の機能が低下することがありますが、大抵は手術中の軽度の刺激によるものですから、自然に回復しますが、神経損傷が疑われる場合、ワイヤーやピンの入れ替え、神経剥離、神経修復などの追加手術を要することがあります。 上腕の手術の場合、最も注意が必要なのは橈骨神経です。橈骨神経が損傷されると「下垂手」と言って、指や手首を背屈することができなくなります。この場合、直ちにワイヤーやピンの入れ替え手術を要することがあります。上腕骨延長の場合、術後に麻痺がなくても延長中に橈骨神経麻痺が出現することもあります。このような場合、直ちに延長を中止しなくてはなりません。延長の中止により麻痺は完全に回復しますが、延長の継続は困難であり、不十分な延長で終わることがあります。 直接神経を損傷しなくてもワイヤーやピンの走行がたまたま神経の極めて近くに位置してしまったために神経刺激症状が持続する場合にはピンやワイヤーを抜去あるいは入れ替えしなければならないことがあります。これは極めて稀なことですが、早期の対応が必要です。

6. ピンやワイヤー刺入部の感染  

イリザロフ手術では、四肢骨にワイヤー(直径1.5mm, 1.8mm)やハーフピン(直径5-6mmの太いピン)が皮膚を貫いて刺入されます。ワイヤーやハーフピンは常に露出しているためピンやワイヤーの刺入部は感染の危険性があります。実際、ほとんどすべての例で治療中に数回の感染を経験します。感染は痛みを伴い、訓練を中断しなければならないことも多いのですみやかな治療が必要です。しかし、この感染はほとんどの場合表層のみの程度の軽いものであり、通常抗生物質を内服したり、刺入部を十分洗浄することですぐに治癒します。しかし、稀に感染が深く骨まで達してしまい、ワイヤーやピンの固定性が失われてしまうことがあります。このような場合、ワイヤーやピンの再刺入手術が必要となることがあります。

7. ピンやワイヤーの破損  

ピンやワイヤーは十分な強度を持っていますが、予期しない力が加わることによって折損する可能性があります。実際、今までに数例ですがハーフピンの折損のため再刺入手術を行ったことがあります。また、折れたハーフピンの先が骨内に残ってしまったこともありました。(ハーフピンはチタン製で体内に残ることで問題が起こることは実際ほとんどありません。)

8. 成長軟骨の損傷、部分的あるいは完全な成長軟骨閉鎖

まだ成長途上にある長管骨には両端に成長軟骨板という骨成長に重要な軟骨の層があります。手術中はこの軟骨を損傷しないように細心の注意を払うので手術による損傷はまずあり得ません。しかしながら延長などを行うことで成長軟骨板に異常な圧が加わるなどで、予期せぬ成長軟骨板の損傷および閉鎖を起こすことがあり得ます。一部の疾患でこの現象が起こりやすいことが報告されていますが、詳細についてはまだよく解っていません。

9. 皮膚瘢痕(正常瘢痕、肥厚性瘢痕、ケロイド)  

全ての手術的治療は皮膚瘢痕を伴います。イリザロフ手術の場合、皮膚切開は他の手術法に比較すると非常に小さいのが特徴です。しかし、ピンやワイヤーの刺入部は特に延長を行った場合や感染を伴った場合は瘢痕となります。この瘢痕形成には個人差が大きく、余り目立たない場合もあるし、目立つ場合もあります。瘢痕がどうしても気になる場合は後に瘢痕形成手術を行うことでかなりきれいになります。

10. コンパートメント症候群、浮腫    

四肢の筋肉は筋膜という丈夫な膜でいくつかの区画に区切られています。術後の腫脹(腫れ)によりある区画の圧が異常に上昇すると循環障害や神経障害が起こり得ます(コンパートメント症候群)。そのため腫れを予防するため術後早期は患肢を十分に挙上することが極めて重要です。コンパートメント症候群は時に筋膜切開という追加手術を必要とする場合があります。

11. 変形治癒・骨癒合遅延・偽関節・早期骨癒合  

イリザロフ手術は骨の形態を自由にコントロールできる優れた方法ですが、予期せぬ理由で思わぬ変形を残してしまう可能性があります(変形治癒)。また、骨切り部の新生骨の形成が思うように進まず、予想外に治療が長期化したり(骨癒合遅延)最悪の場合、骨が繋がらなくなったりすること(偽関節)があり得ます。また逆に骨の形成が良すぎるためにもっと延長したいのに新生骨が繋がってしまうこともあります(早期骨癒合)。骨癒合が遷延する場合、骨移植術などの追加手術が必要となることがあります。また、早期骨癒合の場合は更に延長・矯正が必要な場合、再骨切り術が必要となります。

12. 関節拘縮  

これは特に骨延長を行う場合に延長している部位の隣接関節に起こりやすい現象です。下腿の延長なら足関節の背屈障害(尖足)、大腿の延長なら膝関節の屈曲・伸展障害などです。これらを予防するため延長中のリハビリテーションが非常に重要です。ある程度の拘縮は延長終了後に徐々に訓練で回復しますが、時に拘縮が持続し、腱延長術が必要となることがあります。このようなことを避けるため通常は拘縮が高度になる前に延長を中止します。

13. 関節の亜脱臼・脱臼、関節症  

これは骨延長に伴って起こり得る合併症ですが極めて稀です。かつて大腿骨の延長中に膝蓋骨(膝のお皿の骨)の原因不明の亜脱臼が1例ありました。

14. 新生骨、あるいは他の部位の骨折  

治療中、あるいは治療後固定器を外した後に新生骨(延長骨)やその周囲の骨の骨折を起こすことがあります。全症例の5%以下の発生率ですが、最近では固定器除去後、約1カ月間のギプス固定や松葉杖使用の実施などにより、骨折の頻度は減少しています。万一骨折が起こった場合、ギプス固定や再手術が必要となることがあります。

15. 延長過剰あるいは延長不足、骨関節変形の不十分な矯正、新たに生じる変形
 
様々な事情で予定していた延長や矯正を達成することができないことがあり得ます。また、術前にはなかった変形が新たに出現する可能性もあります。イリザロフ法は三次元的な変形矯正が得意ですからこのようなことは稀ですが、どうしても更なる矯正や延長が困難な場合、無理に延長を続けたり矯正を続けるリスクのほうが高ければ完全な矯正や延長をあきらめざるを得ないことがあります。許容範囲を超える脚長差や変形が遺残したときは再度のイリザロフ手術が必要となります。

 

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